【読書感想文’】AI vs 教科書が読めないこどもたち

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こんにちは、殿内(@tonoccho)です

日本で東ロボ君というプロジェクトがあったそうです。これは、AIが東大入試で合格できるか、というのを目標にやっていたそうです。

今回紹介するのはそれについての記録となる話と、そこから導き出されたこどもたちの将来に落とされた影の話です。

AI vs.教科書が読めない子どもたち [ 新井 紀子 ]

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結論から言うとAIは東大には入れなかった

さてこの本、結論から言うと東ロボ君は東大にはいることはできませんでした。なぜここでこのようなことをいうかというと、本の結論はここではなく、そんなAIが日本では偏差値65くらいの得点を取るようになった、という点から始まる問題提起の本だからです。

AIとはなにか?

アニメや映画におけるAIは人間の言うことを理解して、それについて適切なコミュニケーションを取れるプログラムとして書かれていますが、現実のAIは「こういうパターンならこうなるでしょう」というものでしかありません。

有名な例としては米ウオルマートの「おむつとビールを一緒に売る」と言うやつで、顧客の購買履歴を分析したところ「おむつを買う人は一緒にビールも買うというパターンがあるからおむつとビールをすぐそばに陳列しよう」と言うやつです。

基本的にはここから特に動いてはいません。世界中の天才がこのAIをいじるようになると、自動で絵を書いたり音楽を作ったりします。ただ、絵を書くにしても「これまでの絵はこういうふうに書かれていたからこういうふうに書けばいい」というものでしかないし音楽もそうです。

「Cコードで始まってこういう楽器の組み合わせで、こういうリズムとテンポなら今後のコード進行はこうなることが多いからそうしている」

というものでしかありません。

Alpha Goは世界チャンピオンを倒したのですが、これも結局同じことです。「こういうふうに石が置かれたらこういうふうに返せば勝てるパターンがある」というのをデータとして持っていたのを追いかけたに過ぎません。

AIは何がすごいか

例えば囲碁でいうと、最初は四隅の星のあたりから陣地を作っていくのがセオリーだったんですが、アルファ碁はいきなり天元(真ん中のあたり)から陣地を作ったほうが勝てる、と見出した点でしょう。

Siriなんかのようにユーザーの質問にある程度の精度で回答できるようにもなりました。

そして、AIがパターンを見出すために利用するデータの量も膨大になったことから品質もかなり向上しました。

今後もAIの活用範囲は広がっていくと思います。

AIは何がすごくないか

一方でAIは有限ではないものや数式に表せないものには手も足も出ません。同書にもあるようにAIはどこまで行っても数式で表せない限りは何もできません。

Alpha Goも結局は何らかの数式を定義した上で碁を打っています。この数式を考えるところは大天才だと思いますが、たとえば「人間の今の表情から次に出すセリフを予想する」ということはできそうにありません。

ニコラスケイジはいつも悲しい顔をしていますし、竹中直人は満面の笑みで怒声を浴びせることができます。こういうところについてはAIは手も足も出ないということです。

だけとAIが偏差値65を取った意味

さて、この本が問題提起している中で個人的に驚愕だったのは「AIが偏差値65まで取れた」というところです。これは、このくらいの学力までならパターンで解ける、ということでもあります。

また、パターンで解くことに慣れきったこどもたちは、今後はAIと横並びで生きていくことになる点です。

AIが人間より高機能である必要はなくて、ある程度のレベル以下の人間を代替できれば商売している側からすれば御の字です。

そうなってくると頭でっかちな人は生きていけない可能性すら出てきます。

AIが読むように本を読む人は結構いると思う

AIの本の読み方は、文章から大事そうな単語を選んで「この単語の組み合わせならこういう答え方をするのがパターン」という感じで答えを出します。

同書にありましたがAIは「美味しいイタリアン」を提案することはできますが、「まずいイタリアン」は提案できないわけです。これの仕組みは

が故にどっちも結局「イタリアン」と聞かれていることになっちゃうからです。

これを見たときに自分は「文章題で出てきた数字をとりあえず足せばいいと思っている子供」というのを思い出しました。そんなかれらは少なくともAIには叶わなそうです。

AIは人間にこれ以上近づけない、今のままでは

今後とんでもない大天才が奇想天外なアプローチでAIを飛躍させる可能性はあるかもしれませんが、現状のアプローチではAIは結局「これまでこうだったから次もこうでしょ」と言い続けるだけです。ただ、元になっているパラメータが膨大なだけになんとなく説得力がある答えを出しています(そしてそれが故にAIに対する誤解も広まっている気がする)。

ただ、先にも行ったとおり、個人がAIと交換可能なレベルだと、雇用者はAIを利用するか、とんでもない悪条件で雇う事になるかもしれません。

だって、コンピュータは間違えない、文句を言わない、休憩もいらない、給料もいらないわけですから。

ただ、今後人間がAIに寄って行く可能性はあると思う

今生活の中でどこにAIが活用されているかはわからないかもしれませんが、例えばfacebookが何を表示するか、Amazonがおすすめする商品、twitterがフォローを進めるユーザーなんかはAIが使われているでしょうし、そういったSNSが不穏当な発言をしているとか、不適切なメディアを貼っているとかもAIを使っています。

今ネットで見ているものはSNSが「お前みたいなやつが見たいのは大体こんなんだろ!」という感じに表示していると言ってもある意味過言ではありません。

が、それを見たユーザーが「今日も良い情報を見た、満足!」とか、「あーちょうどこれ欲しかったんだよね!」と買っちゃうとか、「あーこのイベント行きたいわー」と言って申し込んじゃうとか、そういうことは存分に起きうると思っています。

別にそれでも良いといえば良いんですが、なんか人間側からAIに支配されに行っているような感じであまり気持ちよくない気がするのはおっさんだからかもしれません。

大切なのはAIは今一般的に使われているということ

Amazonがおすすめしているのは、あなたという個人をAmazonがきちんと理解した上ではなくて、あなたの購買履歴が似ている他の人たちと比べたら次に買うのはこれだと言っていることを理解しておくべきだということです。

確かに欲しいものかもしれませんが、かと言って別に今すぐほしい訳ではないものも表示しているのはそういう理由ですし、だからAmazonは「これを買った人はこれらも買っています」と表示しています。

絶対に「今の貴方に最適な商品はこれ」とは言いませんし、ましてや「騙されたと思って買って!絶対満足するから!」なんて口が裂けても言いません。

TwitterやFacebookもそうです。「今の貴方がフォローすべきなのはこういう人」とか「今の貴方が参加すべきイベントはこれ」とは絶対に言いません。

ここが結構大事だと思っています。AIに振り回されないようにするにはAIが何かは知っておいて損はないと思います。

こどもたちがこれから身につけるべき技能は

今後はただ読んで読んだままに問題を解く、ということだけを突き詰めてもいつかAIに負けるということですし、きちんと読まないで適当にいくつか単語をピックアップして答えを決めつけるスタイルではAIには手も足も出なくなる、つまり、AIを更に超えるか(偏差値66よりも上を目指す)、AIにはできないもの(芸術とかそういった感性が重要なもの)に重点を置くか、という決断が必要かもしれませんし、それは同書で何度も主張されている「読解力」にほかなりません。

Alpha Goに話を戻します。

囲碁の勝敗だけを見たとしたらAlpha Goは無敵かもしれませんが、「観客を唸らせる囲碁」というのはできるでしょうか?これは無理だと思います。そういうふうにAIをチューンすればできるかもしれませんが、例えば「こういう局面で観客がこういう表情をしているときにここに打つとどよめく可能性が高い」から打っているだけです。

だけど人間のプロ棋士が対戦し、凄まじい表情で会心の一手を振り絞って打つ、という感動はAIには不可能です。断言します。だけど、その一手をキチンと読み取れるだけの読解力がないと、結局「?」ってなっておしまいなわけです。

別に囲碁の素養が大事と言いたいわけではないです。好きなスポーツなんかでもそうです。何でピッチャーは外角高めに今あえて投げたのか、なんぜキャッチャーはこの決断をしたのか、バッターが打ちます。レフトフライになりました。

このときにバッテリーは「レフトフライにするべくして投げた」ということがわかれば、「なんだよ凡打かよ」ではなくてもっと別の感動が起こるはずです。仮にホームランにでもしたら「打たされてなおホームランにするバッターがあっぱれ」となるわけです。

一方で今後の子供たちがこういう力を徹底的に失うなら、世の中に起こる出来事が人間がやろうがAIがやろうが同じということになるわけで、そのときにAI帝国によるディストピアが誕生するんだな、などと思ったわけです。

この書籍が示唆することは深い

自分としてもこの本を読み取り過ぎなくらい深読みした可能性はありますが、親として考えるなら、今我が子達の周りに起きていること、これから起きること、というのはある程度予測していても損はないでしょうし、そちらに軸足を移した育児をしても良いかもしれません。

今の所NZの小学校教育を見る限りはAIに取って代わられるような人間を育てているようには見えません。こどもたちはキチンと自分たちの感性を発揮する場を設けてもらえています。この一点については移住を志してよかったかもしれません。

子育てをする親だけではなくみんな読むべき本

そんなわけなので、この本はAIのスペシャリストだからこそ書ける一冊だと思いますし、数学やITの素養・知識がなくても読めるようにしっかりと書き上げられています。これは本当におすすめなのでぜひ一度読んでみてください。

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